静まりの時
- テーマ:主の日に向かって
- 聖書箇所:マラキ4・1~6
- 日付:2025年11月24日(月)
2 しかしあなたがた、わたしの名を恐れる者には、
義の太陽が昇る。
その翼に癒やしがある。
あなたがたは外に出て、
牛舎の子牛のように跳ね回る。
マラキ4章には「日」という言葉が5回登場します。「その日」(1)、「その日」(1)、「迫りくるその日」(1)、「わたしが事を行う日」(3)、「主の大いなる恐るべき日」(5)。
この「日」は審きの日、最終的な審判の日です。主がその義をもってすべてを審かれる日です。恐ろしい日です。
しかし「主を恐れる者」には「義の太陽」が昇る日です。義は太陽であす。あたたかな光です。闇に埋もれていた草木は息を吹き返します。露はその光を受けて輝きます。暗闇を照らす審きの火は、主を恐れる者にとっては、平安と希望を与える光です。
義の太陽の翼には癒しがあります。御翼の陰に憩う者を癒すのです。
この審きの日は、主にある者にとっては、まるで牛舎の子牛が外に出て、自由に跳ね回るように、喜びにあふれる日です。
義の太陽はイエスさまのことと想像されますから、その日は、主の降誕の日でもあります。しかしまた主が再臨される日でもあります。イエスさまの降誕(降臨)と再臨の日。
全き癒しの中、光あふれる野原で、私たちは喜びの賛美を歌い、感謝に踊ります。イエスさまの降誕を喜び、再臨を待ち望んでいます。