静まりの時
- テーマ:主にあって一つとなる
- 聖書箇所:第二コリント13・11~13
- 日付:2025年10月15日(水)
11 最後に兄弟たち、喜びなさい。完全になりなさい。慰めを受けなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
喜ぶこと。完全になること。慰めを受けること。思いを一つにすること。平和を保つこと。
いずれも一般的な意味ではなく、すべて、信仰によって、という意味です。
信仰によって喜ぶこと。信仰によって完全になること。信仰の慰めを受けること。信仰の思いを一つにすること。信仰による平和を保つこと。
そうすれば、愛と平和の神さまが、ともにいてくださいます。
もともと神さまはともにいてくださるのですが、そのともにいてくださる神さまを深く味わい知ることができるということかもしれません。せっかくともにいてくださるのに、それが不明確になっているとすれば、今一度これらを見直してみるとよいかもしれません。
12 聖なる口づけをもって互いにあいさつを交わしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。
当時は礼拝の儀式として口づけがなされていたとある本に書かれていました。聖書は神さまの言葉ですから、そのままを受け取らなければなりませんが、だからといって、次回の礼拝から、口づけを取り入れよう、とはなりません。時代と文化の違いがあります。よってそのままを受け取ることはできませんが、意味を受け取ることができます。ともに礼拝を献げる者、信仰生活を歩む者は、おたがいに挨拶を交わす、ということです。
ユダヤでは挨拶は「シャローム」というそうです。これは、平和、という意味です。互いに神さまの平和があるように、と挨拶を交わします。
13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。
礼拝において語られる祝福、あるいは祝祷の言葉です。多くのプロテスタント教会では礼拝の最後に牧師によって祈られる、あるいは語られます。互いに挨拶を交わす、ということの延長線上にある言葉です。
ここには三位一体の神さまからの祝福が語られています。
三位一体というと、父、子、聖霊、ということですが、ここではその順序が違います。子、父、聖霊となっています。これは人間が神さまの祝福に出会う順序を現していると考えてよいように思います。
子なる神であるイエスさまの祝福、すなわち十字架と復活に出会い、次に、父なる神さまの祝福に出会います。そうして始まった信仰生活は、聖霊の交わりに前進します。日々聖霊と共に生きる信仰生活は、御子イエスさまの十字架と復活を信じ、天と地を創造された神さまの祝福に出会うことによってはじまるのです。