静まりの時
- テーマ:主人と僕
- 聖書箇所:ピレモン8~20
- 日付:2025年09月23日(火)
14 しかし、あなたの同意なしには何も行いたくありませんでした。それは、あなたの親切が強いられたものではなく、自発的なものとなるためです。
おそらくピレモンのところから何らかの理由で逃げてきた奴隷オネシモは、獄中でパウロと出会い、回心しキリスト者となったのだと思います。オネシモはパウロに仕えるものとなりましたが、パウロとしてはそれを、ピレモンの同意なしには何も行いたくないと思い、この手紙を書きました。
当時逃亡奴隷が発見されたならばどのような扱いを受けるのか私には正確には分からないのですが、手厚く扱われることはなかったであろうと想像されます。
しかしパウロは、そしてピレモンは、一人の奴隷を巡って、信仰者としての対話をしました。キリスト教信仰は、時代を越えて豊かな人権感覚を生み出します。
オネシモの本来の主人の同意なしには何も行いたくない。ここに秩序、人間関係、などを大切にしようとするパウロの姿が明らかにされています。
その秩序を大切にすることが、人間関係を良好なものとし、そこで繰り広げられる「親切」が「自発的」なもの、すなわち強制されてではないものとなる。そうパウロは考えていたようです。
秩序を大切にすることが、愛が本物の愛となる。そう聖書は語るのだと思います。逆に無秩序は、愛と言いつつも情欲や欲望、願望の渦巻く世界を作り出してしまうのだと思います。