静まりの時
- テーマ:親と子
- 聖書箇所:第二サムエル18・24~33
- 日付:2025年09月11日(木)
33 王は身を震わせ、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブサロム。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブサロム。わが子よ、わが子よ。」
父ダビデに反抗するアブサロム。親子の確執は国全体に影響を及ぼします。国の軍は組織化されています(18・1)ので、王であるとはいえダビデの思いですべてが統率されているわけではありません。国の存亡がかかるなかで、ダビデの思いとは裏腹にことは進みます。
アブサロムは不思議な形で死を迎えました(18・9)。その自慢の髪の毛(14・26)があだとなって自らに死を招いたのです。
王子とはいえアブサロムは、王、すなわち国に反旗をひるがえす者。アブサロムの死は国の安定を求めるものにとって必至です。しかしいざの死が王に告げられると、王は悲しみに沈みました。王ダビデ、しかし父ダビデ。複雑です。
不肖の息子ほどかわいいものなのかもしれません。理屈で単純に割り切れないものがここにあります。親子とはそういうものなのだと思います。
だからこそ、適当な距離感と互いに独立した人格を認めることと、その上にある健やかな愛が必要なのだと思います。