主のしもべが争ってはいけません

#静まりの時

静まりの時

  • テーマ:正義と平和
  • 聖書箇所:第二テモテ2・22~26
  • 日付:2025年08月23日(土)

22 あなたは若いときの情欲を避け、きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。
23 愚かで無知な議論は、それが争いのもとであることを知っているのですから、避けなさい。
24 主のしもべが争ってはいけません。むしろ、すべての人に優しくし、よく教え、よく忍耐し、
25 反対する人たちを柔和に教え導きなさい。神は、彼らに悔い改めの心を与えて、真理を悟らせてくださるかもしれません。
26 悪魔に捕らえられて思いのままにされている人々でも、目を覚まして、その罠を逃れるかもしれません。

主のしもべ、すなわちキリスト者は「争ってはいけない」とパウロは語ります。争いを起こさないために、「愚かで無知な議論」は避けなければなりません。むしろキリスト者は、きよい心で主を呼び求める人たちとともに「義と信仰と愛と平和」を追い求めなければなりません。
そうしてすべての人、そして反対する人たちに対しても、「優しくし、よく教え、よく忍耐し」「柔和に教え導く」者であれ、とパウロは語りました。

そうすれば、反対する人たち、悪魔に捕らえられて思いのままにされている人びとが、真理を悟り、目を覚まし、その罠から逃れることになるかもしれない、と言います。キリスト者が争いの道を避けることが、人びとを主に導くことになるかもしれない、というのです。

人びとを主に導こうとして、私たちは時に議論をし、それが争いとまでも言わなくてもいろいろな軋轢を生むことがあります。しかしそうして果たして人びとが導かれるのか。むしろ争いを避け、平和の道を求めていくところにこそ、人びとが心開かれ、主に導かれていく道が生まれると聖書は語るのだと思います。


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