静まりの時 エペソ6・1~4〔長寿の祝福〕
日付:2024年09月19日(木)
1 子どもたちよ。主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。
2 「あなたの父と母を敬え。」これは約束を伴う第一の戒めです。
3 「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」という約束です。
パウロはエペソ教会に信徒にむかって信仰生活の具体的なあり方について語ります。子どもたちに対しては、十戒の第5戒が語られました。
「これは約束を伴う第一の戒め」である、と言います。神さまを愛し、隣人を愛する生き方。その信仰生活を生きるならば、神さまが一つの約束をくださっている。それは、長寿、です。両親を敬うこと。両親に従うことが、長寿に実を結ぶ、というのです。
4 父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。
また父たちに対しても、子どもの育て方についての命令がなされました。
怒らせてはいけない。むしろ主の教育と訓戒によって育てよ。先に両親に従えと言われた子どもたちに対して、父たちが教育や訓戒をしようとすれば、子どもたちに怒りが起こる、ということも想像に難くないことですが、怒らせないで教育と訓戒をする道がある、と語ります。
怒らせない、といっても、ちやほやすることではないと思います。
怒る、怒りが沸き起こる、というのには、おそらくなんらかの理由があるのだと思います。理屈に合わない、理不尽である、恥をかかされる、人格が傷つけられる、などなど、やはり子どもたちの尊厳が大切にされないとき、そこには否定的な感情が怒るでしょう。
子どもを、本当の意味で大切にすることは、ちやほやすることではなく、教育と訓戒をすること。教育や訓戒をしないのは、かえって、子どもたちの人格を大切に考えていないことになる。大切な存在だからこそ、教育や訓戒をするのだと思います。
教育と訓戒ですが、ここで見過ごしてはならない言葉は、「主の」という言葉ではないかと思います。主の教育と訓戒。
親子の関係が平和である、ということは、家庭の、そして社会の平和の基礎だと思います。それは、ただ平和、というのではなく、主の平和、主ご自身の教育と訓戒が実践されるということが大切なのだと思います。
別の言い方をするならば、神さまはそれぞれの家庭に関心があるのです。それぞれの親子関係に関心をお持ちで、そこに御自身の御心が実践されることを期待しておられる。それはまた、神さまご自身が両親を通して子どもを教育し訓戒を与える、ということだと思います。また子どもは、両親に従い敬うことによって、神さまに従い、神さまを敬うことを学ぶのです。
昨今2世問題という言葉を聞くようになりました。簡単には論じることのできない問題だと思います。「主の」という言葉が、宗教団体の、という言葉に置き換わっているのではないかとも思えます。それだけではないのかもしれません。
主の、という言葉を、愛、という言葉に置き換えてみてもよいかもしれません。愛による教育、愛による訓戒。具体的にどういうものであるのかは言えないのですが。
イエスさまの愛は、十字架の愛ですから、その献げる愛による教育、献げる愛による訓戒が実践されることが、子どもを怒らせないことにつながるのかもしれません。