光は 正しい者のために蒔かれている。 喜びは 心の直ぐな人のために。

静まりの時 詩篇97・1~12〔平和の祝福〕
日付:2024年08月14日(水)

1 主は王である。
 地は小躍りせよ。多くの島々は喜べ。

 旧約聖書において王と言えば、ダビデを思い起こします。イスラエルにはその他数々の王が立ちました。もともとイスラエルには王はいませんでした。主が王でした。主に変わるような王を求めたのはイスラエルの民でした。他の国々のように強くありたいとの願いから王を求めたのです。主はその願いに応えられました。ただし注釈をつけて応えられました。もし王が立ったならば、あなたがたを支配するようになる。税をとり徴兵をするようになる。あなたがたはその支配の中に生きることになる、と。しかし民はそれをも承知で願いました。果たして王は、主が言われたように民を支配するようになりました。
 主は王である。主こそ王である。主が王になってくださる。それこそ、世界の喜びである。人間が王となる世界は、搾取と戦いの世界となる。しかし主が王となってくださる世界は喜びに満ちる。

2 雲と暗黒が主を囲み
 義とさばきが御座の基である。

 主は人間の手の届くところにはおられない。はかり知ることのできないところにおられる。義とさばきが、主の座しておられるところの基である。

3 火は御前に先立ち
 主の敵を囲んで焼き尽くす。
4 主の稲妻は世界を照らし
 地はそれを見て おののく。
5 山々は主の御前にろうのように溶ける。
 全地の主の御前に。
6 天は主の義を告げ
 諸国の民はその栄光を見る。
7 すべて偶像に仕える者
 偽りの神々を誇る者は恥を見る。
 すべての神々よ主にひれ伏せ。

 主はどのようなお方であるのか。主こそ、まことのさばき主である、と語られました。いわば信仰の告白が語られました。
 続いて主に向かっての祈りとなります。

8 シオンは聞いて喜び
 ユダの娘たちも 小躍りしました。
 主よ あなたのさばきのゆえに。
9 主よ あなたこそ
 全地の上におられる いと高き方。
 すべての神々を超えて 高くあがめられています。

 信仰の告白がなされた後に祈りが続きます。

10 主を愛する者たちよ。悪を憎め。
 主は 主にある敬虔な者たちのたましいを守り
 悪者どもの手から 彼らを救い出される。
11 光は 正しい者のために蒔かれている。
 喜びは 心の直ぐな人のために。
12 正しい者たち。主にあって喜べ。
 その聖なる御名に感謝せよ。

 会衆に向かっての奨励が語られているようです。
 「主にある敬虔な者たち」とは、共同訳2018では「忠実な者」。敬虔というのは、敬い、自らを慎むこと、そうして仕えることですが、それは主に忠実である、ということでもあります。いくら敬い仕えていたとしても、主に忠実でないならば、それは敬虔とは言えません。自己中心な敬虔さは、敬虔ではないのです。
 主を王とする。そこに光があり、喜びがある。それらは、蒔かれるものである。すぐに実を結ぶことはないかもしれない。芽生えて成長し、つぼみができて花が咲き、そうして実を結ぶ。時間がかかるかもしれません。しかし主を王としているならば、そこに必ず光があり喜びが生まれるのです。

【詩篇97・1~12】
1 主は王である。
 地は小躍りせよ。多くの島々は喜べ。
2 雲と暗黒が主を囲み
 義とさばきが御座の基である。
3 火は御前に先立ち
 主の敵を囲んで焼き尽くす。
4 主の稲妻は世界を照らし
 地はそれを見て おののく。
5 山々は主の御前にろうのように溶ける。
 全地の主の御前に。
6 天は主の義を告げ
 諸国の民はその栄光を見る。
7 すべて偶像に仕える者
 偽りの神々を誇る者は恥を見る。
 すべての神々よ主にひれ伏せ。
8 シオンは聞いて喜び
 ユダの娘たちも 小躍りしました。
 主よ あなたのさばきのゆえに。
9 主よ あなたこそ

 全地の上におられる いと高き方。
 すべての神々を超えて 高くあがめられています。
10 主を愛する者たちよ。悪を憎め。
 主は 主にある敬虔な者たちのたましいを守り
 悪者どもの手から 彼らを救い出される。
11 光は 正しい者のために蒔かれている。
 喜びは 心の直ぐな人のために。
12 正しい者たち。主にあって喜べ。
 その聖なる御名に感謝せよ。


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