もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら

静まりの時 ルカ19・37~44〔平和を求めよ〕
日付:2024年08月10日(土)

37 イエスがいよいよオリーブ山の下りにさしかかると、大勢の弟子たちはみな、自分たちが見たすべての力あるわざについて、喜びのあまりに大声で神を賛美し始めて、
38 こう言った。
 「祝福あれ、
 主の御名によって来られる方、王に。
 天には平和があるように。
 栄光がいと高き所にあるように。」

 イエスさまは、十字架にかかるためにエルサレムに入城されました。そのとき、子ロバに乗って入城されました。主は、旧約聖書・ゼカリヤ書に語られた預言の通りにされました。

「娘シオンよ、大いに喜べ。
 娘エルサレムよ、喜び叫べ。
 見よ、あなたの王があなたのところに来る。
 義なる者で、勝利を得、
 柔和な者で、ろばに乗って。
 雌ろばの子である、ろばに乗って。」(ゼカリヤ9・9)

 自らがまことの王である。義なる者である。勝利を得る者であると宣言されたのです。この姿を見た「大勢の弟子たち」(37)は、いままでイエスさまがなされたことを思い返しつつ、ここにまことの王が来られたのを見て取り、喜びのあまり大声で神さまを賛美しました。

39 するとパリサイ人のうちの何人かが、群衆の中からイエスに向かって、「先生、あなたの弟子たちを叱ってください」と言った。

 しかしパリサイ人のうちの何人かは、弟子たちが神さまを賛美するのが許せません。神を冒涜したと見て取ったのか、ねたみからか・・・。彼らは、弟子たちを叱ってください、とイエスさまに向かって語りました。同じ光景を目にしたにも関わらず、神さまをほめ讃える人びとと、逆にそれを否定しようとする人びと。いったいどこに違いがあるのか。

40 イエスは答えられた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」

 石が叫ぶ、とは決して言葉を発することのないものまでも、発するようになる。叫ぶようになる。それほどまでに、そうせざるを得ないこと、ごく自然なことなのだ、当然のことなのだ、と主は言われました。つまり弟子たちは、神さまに出会って当然の態度をとっているまでである。何も無理をしているわけではない。どうしてあなたたちは叫ばないのだ。神の御業が見えていないのか。

41 エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。
42 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。

 エルサレム入城に際して、エルサレムの都をご覧になられた主イエスは、この都のために涙されました。神の都エルサレム。本来ならば、誰よりも「平和に向かう道」を知っているはずの都。しかし今、エルサレムの都は、平和に向かう道を知らない。その現実に、主は涙を流されたのです。
 エルサレム、という言葉は、エル(神)とサレム(シャローム、平和、平安)という二つの単語からなっていると説明されることがあります。まさに神の平和、それがエルサレムである。
 にも関わらず、平和に向かう道、を知らない。見えていない。こうして神の子イエスさまが、子ロバの背に乗って入城されたにもかかわらず、それを知らない、見ようとしない。見えていない。それを、神さまはだれよりも深く悲しまれたのです。
 この神さまの悲しみを私たちはどれだけ知っているだろうか。

 核軍縮、廃絶の道は遠く、今も様々な紛争、戦争のある世界に私たちは生きています。また私たちの小さな世界においても紛争、いざこざは絶えません。自己主張がぶつかり合う。平和の道、平安の道が見えない。あまりにも無力、あまりにも愚かです。主の十字架から2千年を経ても、私たちは何も見えていない。平和に向かう道を知らないのです。主の涙を学ばなければならない私たちなのです。

43 やがて次のような時代がおまえに来る。敵はおまえに対して塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ、
44 そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。」

 神の御業が見えていないとすれば、滅ぶしかないのではないか。主は、滅んでほしいと思っておられるわけではありません。何とか救われてほしい。そう願われているからこそ、涙を流されるのです。

【ルカ19・37~44】
37 イエスがいよいよオリーブ山の下りにさしかかると、大勢の弟子たちはみな、自分たちが見たすべての力あるわざについて、喜びのあまりに大声で神を賛美し始めて、
38 こう言った。
 「祝福あれ、
 主の御名によって来られる方、王に。
 天には平和があるように。
 栄光がいと高き所にあるように。」
39 するとパリサイ人のうちの何人かが、群衆の中からイエスに向かって、「先生、あなたの弟子たちを叱ってください」と言った。
40 イエスは答えられた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」
41 エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。
42 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。
43 やがて次のような時代がおまえに来る。敵はおまえに対して塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ、
44 そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。」


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