礼拝説教では次回の説教箇所が順番でいうと主の祈りの個所ですが、8月から9月にかけて藤本満先生のDVDから主の祈りを学んだこともあり、割愛することにしました。それで、福音書における主の祈りの取り上げ方の違いに少し触れておきたいと思いました。
主の祈りはマタイの福音書6章9~13節とルカの福音書11章2~4節に記されています。礼拝の中でともに祈る主の祈りは、このうちマタイの福音書からのものです。ルカの福音書のものは少し短くなっています。
マタイの福音書では「くどくどと」(新共同訳)「同じことばをただ繰り返して」(新改訳2017)祈ってはならない、との教えの文脈の中で主の祈りが記されています。これに対してルカの福音書では「しつように頼めば」(新共同訳)「友だちのしつこさのゆえなら」(新改訳2017)との文脈の中で主の祈りが記され「求めなさい。そうすれば与えられます・・・」と続きます。ちなみに、マタイの福音書の「求めなさい。そうすれば与えられます・・・」は、良いものを与える父なる神さまのお姿が語られる文脈の中に記されています。
マタイの福音書は、ユダヤ人キリスト者に向かって語られた福音書といわれます。彼らにとって主の祈りはとてもシンプルな祈りであったのだと思います。つまり祈りについて自分たちなりによく知っている、経験している人たちに対して、もっとシンプルに祈ったらいいよ、とイエスさまが語っておられることを伝えようとしている、といえるでしょう。
それに対して、ルカの福音書は、異邦人キリスト者に向かって語られた福音書であるといわれます。彼らにとって祈りは未経験であり、また神といえば罰(ばち)をあてるような偶像の神であったのだと思いますが、そんな彼らに、神さまには、安心してしつこく、くどくどと祈ったらいいのだ、とイエスさまは教えられたのです。
シンプルに祈る、くどくどと祈る、いずれも神さまへの信頼をもって祈るならば大切な祈りの姿勢です。ときに「神さま」と一言祈る、ときにくどくどと祈る、そんないろいろな祈りの生活に生きるのがキリスト者である、といえるでしょう。