昨夜の祈祷会でイザヤ書22章を読んだところ、この中の「神」のいくつかが太字になっていました。あとがきを見たところ「主の御名がエロヒームと読まれるように母音表記されているところでは、太字で神と訳している」とありました。少しわかりにくいのですが、簡単に言うとこの神と訳されている単語も原文では「聖四文字」(日本語表記ではエホバ、ヤーウェ、ヤハウェなど)であるということです。
新改訳聖書の第三版までは、この聖四文字を太字の主と訳されてきました。しかし聖四文字を神と訳したところについては太字にしてこなかったということです。つまり新改訳第三版までの聖書を読んでいて、太字の主は原文では聖四文字なのですよ、ということでしたが、太字の主以外にも聖四文字はあったということですね。
たとえば、聖四文字をエホバと訳している文語訳聖書でイザヤ書22章5節は以下のようになっています。
「そは主 萬軍のエホバ・・・」(イザヤ22・5 文語訳)
これが口語訳や新共同訳では以下の通りです。
「万軍の神、主は・・・」(イザヤ22・5 口語訳)
「万軍の主なる神・・・」(イザヤ22・5 新共同訳)
そして新改訳第三版では
「万軍の神、主から・・・」(イザヤ22・5 新改訳第三版)
原文を見ると、聖四文字に並んで「アドナイ」という言葉が書かれています。いずれの訳もこのアドナイを「主」と訳してきました。ですから聖四文字を他の個所と同じように主と訳すと以下のようになります。
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口語訳では「万軍の主、主は・・・」
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新共同訳では「万軍の主なる主・・・」
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新改訳第三版では「万軍の主、主から・・・」
口語訳や新改訳第三版では、それほど違和感はありませんが、新共同訳ではちょっとわかりにくいような、あるいは別の意味が付加するような気持になります。
そんなことでアドナイと並んで記されている聖四文字の翻訳については神と訳されてきたのだと思います。
新改訳第三版までは聖四文字を主と訳した場合に太字にされてきましたが、聖四文字が神と訳された場合は太字にされてきませんでしたので、原文の聖四文字を大切にしたいと考えている人たちからは、ちょっと不十分な翻訳ではないか、と揶揄されることだったのだろうと想像します。
今回新改訳2017になって、神と訳されたところも原文が聖四文字であるならば太字となったということですから、とにかく太字を見ればそれが主と訳されていても神と訳されていても、原文は聖四文字であるということですね。