聞くことの喜び
2017年12月9日(土)語る人より聞く人はより幸いである。なぜなら学ぶ人は謙虚であるが、教える人は、人を喜ばせようとする傾きがひそかに彼をむしばむようなことがないように、人を喜ばせ神を怒らせることがないように、誇り高ぶることのないように努めなければならないからである。私の兄弟よ! 教えるということは怖しいことなのである。
〔アウグスティヌス〕
『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
375頁
「愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。」(ヤコブ1・19)
聞くことは難しいことです。だれでも語っている方が好き、あるいは楽だからです。語らずにはおれないということは、どこか自分の義、自分の賢さを誇示したいという欲求がそこにあるような気がします。人を教えるということは、相手よりも自分は賢いということを示したいという願望の力が働いているように思えます。そうして語った後には深い後悔が生まれるのです。
しずかに聞く、人の話に耳を傾けること。
また神さまのみ心に心を開く。神さまの栄光を、そして神さまの教えをほめたたえること、を喜びとしたいと思います。