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地上におけるわれらの定め

地上におけるわれらの定め
2017年11月19日(日)

わたしは何のために存在しているのか。
・・・
「人は何者なので、あなたはこれをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、あなたはこれを顧みられるのですか」。人間とは何か。永遠なるひとりのわたしに呼びかけられる者である。この方に呼びかけられるからこそ―それはかけがえがない。神があなたと呼んでくださる者である。人間は答えることがゆるされている。

思いのままに答えてよい。この世はみじめにつくられていると言ってよい。―だがもうひとつのこともなすことがゆるされる。それは大いなる驚きを学ぶということである。自分が神のみ心のうちにとめられているということ、受け入れられているということ、見守られていること、ふしぎな恐れの中で守られていることへの驚きである。感謝することがゆるされている。賛美することがゆるされているのである。

〔アルブレヒト・ゲース〕

『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
353頁

「人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。」(詩篇8編4節)

人間とは「永遠なるひとりのわたしに呼びかけられる者」であるとゲースはいいます。「永遠なるひとりのわたし」すなわち創造主であるお方に、贖い主であるお方に呼びかけていただく者なのです。
この呼びかけに答えるために人間は存在しているのです。かつて呼びかけられたアダムとエバは隠れました。しかし旧約聖書の預言者たちはこの呼びかけに彼らなりに答えました。新約聖書においては弟子たちやパウロもそれぞれなりに答えました。
今、私たちはどのように答えるのでしょうか。私は神さまを賛美し、感謝しながら生きていきたいと思います。


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