神の世界の美しさ
2017年10月6日(金)

ひともとの小草、一疋(ひき)の甲虫、一疋の蟻、金色の蜜蜂、―知性をもたないこれ等すべてのものが、驚嘆に値するほどおのれの道を心得ていて、神の秘密を証明し、たゆみなくみずからこれをおこなっているではないか、云々・・・このようなことを語り合っているうちに、愛すべき若者の心の燃え立ってきたのが、わたしにははっきりと観取された。

〔ドストエフスキー〕

『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
306頁

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」(詩編19・1)

 『カラマーゾフの兄弟』の中の一節から。
 神さまがお造りになられた世界の美しさは「おのれの道を心得」ているところにあるのかもしれません。人間だけがおのれの道を心得ていないのです。完全にはコントロールすることの出来ない原子力発電所を、経済的な理由で再稼働を認めてしまうのです。テーブルの上のチョコレートに限りがあるにもかかわらず、経済成長を謳うので、結果弱肉強食の世界となり、ますます貧富の差が激しくなるのです。ライオンと狼と羊と鶏を一つの檻に入れ「みなさん平和に暮らしてくださいよ」と鍵をかけてその場を去ってしまう無責任在な動物園の園主のように、無責任な平和主義者となってしまうのです。
 人間としての「おのれの道を心得る」ならば、人間も神さまの世界の美しさのひとつとなり得るのです。


投稿者:

タグ: