老人の救
2017年9月15日(金)

人生の辛苦甘酸をなめつくし、今では活動能力もにぶって、夕日の傾くを見るような老人の姿よ。あなたはこのまま墓に入って行こうとなさるのか。

まだ陽はあるのに、うなだれることはない。さあキリストの救を知り、「わが生涯は恩恵であった。わが罪はゆるされた。わが前途には永遠の生命の国がある。」という喜びと希望を抱きつつ、満足と感謝をもってこの世を去りましょう。それが残る生涯において為すべき最大の仕事であり、またそれによって最大の遺産を後の者に遺すことが出来るのです。

イエスは幼児を愛し給うたように老人をも愛し給う。

〔矢内原忠雄〕

『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
283頁

「さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。」(ヨハネ3・1)

敬老の日が近づいています。敬老の日はかつて9月15日でしたが、第3月曜日に変更され何年も経ちました。おかげて初秋は敬老習慣のように感じるのは私だけでしょうか。教会では10月の最後の日曜日に敬老の食事会を行う予定です。

現代の価値観は老いることを否定的にとらえるところがあります。アンチエイジングということが宣伝文句になっています。老いないようにすることが商品となっているのです。しかし老いることはそんなに否定的な事ばかりではないように思います。

ホイベルス神父の祈りを思います。


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