ただひたすらに苦しみ悶える時
2017年8月17日(木)われらの慰めはただ一つ。
ただ主の御座のまえにひれふし、
まことなる神、汝に呼ばわり、
悲しみよりわれを救い給えと願うこと。〔ヨハキム・カメラリウス〕
『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
251頁
「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。 」 (詩篇139・23,24)
慰めは神さまから与えられます。慰めをいただきたいと願うならば、神さまの所、神さまの御座の前に行かなければなりません。神さまの御座は、自らがへりくだるところにあります。自らが罪びとであると告白するところにあります。自らが悲しみの中にあると嘆くところにあります。そしてそのようにへりくだることすらも、神さまの深い愛と恵みの中に為させていただいていると感謝するところにあります。