父の涙
2016年7月4日(月)父親には、むりやり弟の方を家に連れ戻すことも、兄に怒りを手放すよう強制することも出来ませんでした。二人の意志によってしか帰宅は実現しなかったのです。
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苦しみで、父親は空っぽになってしまいました。しかし、そうして空っぽになってしまったことで、二人の息子が戻ることになった時、息子たちを迎える場所を作ることが出来たのです。私たちは、そのような父親となるように呼びかけられています。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
234頁。
この場合父親となることは、苦しみを経験し、その苦しみによって空っぽになるということです。空っぽになることによって、息子たちを迎える場所を作ることが出来るのです。
間違った道、滅びの道に向かう人を、正しい道、いのちの道に連れ戻すことは、神さまにしかできないことです。そしてその神さまの助けの中で、本人だけが出来ることなのです。
結局、周りの者は見守ることしかできないのかもしれません。真実に見守ることは簡単なことではありません。むしろつらいことです。
しかしそのような試練を経験する時、人は空っぽになることができ、帰ってくる人を迎え入れる場所を作ることが出来るのです。