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神は私たちの希望

〔終わりつつある時〕

2015年11月10日(火)

私たちの「死」は私たちの「限界」です。ところが私たちの神は私たちの死の限界でもあられます。神は、私たちと共に消え去り、死に、朽ち果てることはなく、変ることなく私たちの神であられます。
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死がこの光の中にいるので、死はどんなに大きく強くても、しかし実はすでに小さく弱くはないのでしょうか
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棺と骨壺の沈黙は、存在していた者たちへの最後の追憶の沈黙は、時間における人間的存在の終わりとして、相変わらず決定的でしょうか、それとも復活の歓呼は、一切の棺と骨壺の上に、まったく響き止んだ追憶の上に、やはりもう聴くことができるのはないでしょうか。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、599ff。

死は、神さまの御手の中にあります。死の暗闇は、神さまの光に包まれています。ですから私たちは死を前にしても絶望しません。

(祈り)
神さま、死を前にしてもなお輝いているあなたの光を見させてください。


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