〔国家権力に対する抵抗〕
2015年7月19日(日)
正当防衛の時に危機的な状況は、中世や近世初期に「暴君殺害」というセンセーショナルな名のもとで、何度か多かれ少なかれ慎重に議論されてきたことであります。
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殺人としてこのことはあってはならないのか、あるいはそれは最悪の場合には許される、国家に忠実な行為であって、従って殺人ではないでしょうか。いずれ誰かがそれをすることが「許されている」だけではなく、実際なさ「なければならない」ということは、ありえないでしょうか。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、403f。
この問いかけにどのように答えるのか。
平和な時代に、危機的な時代に、どのように答えるのか。
はたして答えられるのか。
ただそのような時代がやって来ないように祈ることしかできないのかもしれません。
(祈り)
神さま、世界が、そして日々の小さな生活が平和で平安でありますように。