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神の神性

〔神の人間性〕

2015年7月5日(日)

神の高い自由はイエス・キリストにおいては愛の自由です。
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神の神性は、神がご自分の中にこもり、ご自分だけで存在できるような牢獄ではありません。神の神性はむしろ神の自由です。
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自己の地位を維持する、だがまた自らを捧げる、まったく崇高であるように、だからこそまたいと貧しく、全能であるだけでなく全能の慈愛でもあり、主であるだけでなく僕でもある、裁判官であるだけでなく、自ら裁かれる者でもあり、人間の永遠の王、だがまた時間の中で人間の兄弟でもあられます。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、380ff。

神さまはまことの自由をお持ちになっておられます。その自由は愛する自由です。
神さまであるにもかかわらず、天を押し曲げて、人間のところに下って来てくださったほどの自由をお持ちのお方です。
私たちはこの方によって救われました。この方だからこそ救ってくださることができました。それ以外にはありません。ありえません。

(祈り)
神さま、全き自由の中で愛を傾け、罪と滅びの人の世に、そして私との所にさえも下って来てくださったことを感謝します。


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