〔神の忍耐のもとにある生〕
2014年8月7日(木)
この結婚という素晴らしい出来事の最も注目すべき性格は、結婚というものがこの「最後の時」に(僕はここで黙示文学的な言い回しとしてだけこの言葉を使っているのではない)、この大地とその未来を肯定するような一歩をあえて踏み出すということを意味するという点にある。キリスト者としてこのような一歩を踏み出すことは、ただ、強い信仰によってのみ、しかも恵みによってのみ可能となる。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、391頁f。
結婚だけにとどまらず、私たちのささやかな一歩を、天と地の創造者である神さまが、肯定してくださるということ。信仰によって、恵みによって生きるということは、このことを確信することです。
(祈り)
神さま、きょうを生きることを、あなたが肯定し喜んでいてくださることを、確信することができますように。