〔朝早く私は目を覚ましあなたに向かう〕
2014年7月3日(木)
聖書は全体として、神の啓示の言葉である。その聖書全体の内的な深い関連において、すなわち旧約と新約、約束と成就、律法と福音、十字架と復活、信仰と従順、「待つこと」と「望むこと」の関係において、初めて、主イエス・キリストについての十分な証しが理解されるのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、328頁ff。
聖書の一文、一句を標語のように取り出して、日ごとの糧とすることも意味のないことではありませんが、できれば全体を通して学ぶことは、大切なことです。
一つの聖句も、前後の関連の中に置かれています。文脈があります。その文脈は大切なことです。どんなによい説教も、聖書全体からの啓示や文脈から切り離されているならば、それはもはや神のことばではありません。
(祈り)
神さま、聖書にあらわされたあなたのおこころを正しく聞き取ることができるようにしてください。