私がさんびすべきものを持っているということ。そしてその私のさんびすべきものとは、神御自身以下のものではないということ。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、363頁
申命記10章21節
2012年11月12日(月)
神さまを信じているということ。それがどんなに素晴らしいことであるのか。
神さまがともにいて下さるということ。それがどんなに尊いことであるのか。
この神さまは天と地をお造りになり、いまも全てをおさめておられる唯一まことの神様であるということ。
その神さまが、私をいたずらにさばくお方ではなく、むしろ救うために祈りを捨てることのできるお方であること。なんと奇蹟的なことであるのか。
この神さまを賛美するものにして頂いたのに、なんと賛美することの少ないことか。
神さまを賛美しよう。神さまがともにいて下さる、そのことだけで、そのほかのことはそんなに重要なことではない。
救われているということは、なんと素晴らしいことだろうか。