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教会の底辺に立つ伝道者

神学校にいる間、伝道者として養成を受けているときから、是非身につけてほしいこと、それは、教会の底辺に立つということだ。皆それぞれ教会生活をしているわけですが、その教会の底辺に立って生きるということを体得してもらいたい。それは牧師、伝道師は、何よりもそのことを心得ているものだからだ。伝道者は、教会の先頭に立つこともあるし、表に出ることもあるだろうけれども、同時に、教会の底辺に立つことを知り続け、生き続けていないと、伝道者としての務めを全うすることはできない。

加藤常昭、ヨハネの福音書4、227ページ

 伝道者としての務めを全うすることができるかできないかは、教会の底辺に立つか立たないかで決まるということでしょう。教会の底辺に立つためには、教会の底辺が何であるのかを知っていなければなりません。教会の底辺は自分自身で見つけないと分からないと加藤先生は語っておられます。大変難しいことです。私も教会の底辺を知っているのかどうか不安になります。ただ教会の底辺とは何かを求め続けたいと思わされました。きらびやかに見える表面的なところではなく、底辺を知ることを求め続けたいと思います。


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