静まりの時 ヨハネ10・7~10〔豊かないのち〕
日付:2025年05月05日(月)
9 わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。
羊たちは、囲いに守られています。その囲いから出入りして、牧草を見つけ、それを食べて豊かに養われます。牧草のある場所を知っているのは牧者だけです。羊たちは知りません。いのちを豊かに保つためには、牧者だけが頼りです。
ここで主イエスは、自らを良い牧者であるといいつつ同時に、羊の門である、と言われました。
牧者が羊たちを牧草のあるところに導く。その牧者とは主イエスである。そして牧草地に行くために囲いから出る門がまた主イエスである。
門から出て牧草を食し、また門から入って安らかに休む。門以外のところは、囲いがあるので、そもそも出入りできないのではないかと思いますが、自分勝手にこじ開けたり、乗り越えたりしてしまうならば、そこには養われることも、平安に休むこともできません。いのちに生きることができない。
人間はどこまでも自己中心的な者なので、イエスさま以外の門を求めてしまう。あるいは門を通らずに出入りしたくなってしまう。
イエスさま以外の門とはなんだろう。